佐賀のがばいばあちゃん

佐賀県佐賀市・福岡県柳川市・広島県広島市

作品の概要

新幹線の車中、デッキで得意先と話していた会社員・岩永明広。
彼は、母と離れ一人旅の寂しさに泣きべそをかいている少年に出会った。
どこかで見た光景・・・
そう思った途端、車内は昭和32年当時の客車に変わっている。

窓に泣き顔をくっつけている少年、それは、44年前の明広本人だった。

厳しい戦後を七人の子供を抱えて生き抜いたがばい(すごい)祖母との、貧乏だけどいつも笑いが溢れる、佐賀の田舎での生活。
島田洋七の少年期の実体験を綴った小説の映画化。
自治体や学校、企業など多数の団体、個人が協力した、ご当地映画、地域映画の傑作!

『佐賀のがばいばあちゃん』
DVD発売中¥4,935(税込)
発売元:東映ビデオ
(c)映画「佐賀のがばいばあちゃん」製作委員会

ストーリー

戦後まもない広島で、原爆症の父親を亡くし、居酒屋で懸命に働く母に育てられていた明広(池田壮磨)。
明広は、母(工藤夕貴)の元を一人離れ、佐賀にある祖母(吉行和子)の家で暮らすことになった。
夫の死後7人の子供を育て上げた祖母は、今も現役の掃除婦として働き、かなり古くなった家で一人暮らしをしていた。

夜遅く、広島から到着したばかりの明広を迎えた祖母は、長旅への労いもなく、一言「ついてきんしゃい」。
戸惑う明広を、粗末な離れの小屋に連れていき、「明日から明広がゴハンば、炊くとやけん、よう見ときんしゃい」と、火吹き竹を手渡した。
こうして、明広とばあちゃんの暮らしが始った。

朝4時、ばあちゃんに起こされ、ご飯を炊く。
ご飯が炊けたら、家の裏に流れる川に行き、水面に張った棒に引っかかっている野菜を集める。
川には上流にある野菜市場で売り物にならない曲がったキュウリや野菜の切れ端が流れてくるのだった。
「川は、うちのスーパーマーケット」と、ばあちゃんは笑うのだった・・・。

地域ばなし

島田洋七の自伝的小説をもとに映画化されました。
舞台である佐賀県を中心にロケが行われ、昭和30年代の様子が各所で再現されています。

地域でおこったエピソード:佐賀県神埼町(現神埼市)の商店街の一角、鍵屋さんの裏手に、がばいばあちゃんの家の渡り廊下と小屋となった舞台があります。
3ヶ月に及ぶロケハンで見つけた場所で、ロケ撮影の前に、川を掃除し屋根に苔を敷いて建物の風格を演出し、さらにかまど、ポンプ式の井戸、石段、桟橋などを新たに作りました。

がばいばあちゃんの家と町をつなぐ橋は福岡県柳川市の壇平橋で、舗装された橋の表面に土を撒き、現代的な部分は隠して、看板や電柱などをつかって昭和30年代当時の様子を再現しています。
昭和40年冬の場面になると、トヨペット(国産車)が橋を通過するなど、時代を表す細やかな演出が見られます。

ロケ地

佐賀県
佐賀市の佐賀大学文化教育学部附属中学校・佐賀市立北山中学校(明広が転校してくる小学校)・佐賀大学文化教育学部付属小学校(小学校の運動会)・佐賀市立本庄小学校・日新小学校・城西中学校・佐賀城(中学校のマラソン大会)
東与賀町(現佐賀市)の東与賀小学校
神埼町(現神埼市)の馬場川(ばあちゃんの家の渡り廊下がかかる川)

福岡県
柳川市の壇平橋

広島県
広島市

映画にちなんだもの

スパイク(中学の野球部のキャプテンに決まった明広に、ばあちゃんが一番高いスパイクを買う)

支援

持永金物店、田中酒造、野副内科、鶴味噌醸造、おたふくわた、専修寺、佐賀大学附属中学校(現佐賀大学文化教育学部附属中学校)、佐賀市立北山中学校、佐賀大学付属小学校(現佐賀大学文化教育学部付属小学校)、佐賀市歴史民俗館

佐賀県、佐賀市、神崎町(現神埼市)、有田町、佐賀県教育委員会、有田町教育委員会、佐賀県フィルムコミッション、福岡県柳川市、広島フィルムコミッション、広島市教育委員会、高崎フィルムコミッションなど多数。

佐賀市、神埼町(現神埼市)、有田町、川副町(現佐賀市)、小城市、佐賀県庁エキストラチーム、福岡県柳川市のみなさま、佐賀県のみなさまほか。

特別協賛:ANA

キャスト

吉行和子、浅田美代子、鈴木祐真、池田晃信、池田壮磨、緒形拳(特別出演)、三宅裕司(特別出演)、島田紳助(友情出演)、島田洋八(友情出演)、山本太郎、工藤夕貴ほか。

スタッフ

作品データ

ゆかりの地図

 

 

福岡県柳川市・壇平橋 佐賀県神埼市・馬場川
福岡県柳川市三橋町江曲216
佐賀県神埼市神埼町鶴3565
佐賀市・佐賀大学文化教育学部付属小学校 佐賀市・佐賀城
佐賀県佐賀市城内2丁目17−3
佐賀県佐賀市城内2丁目18−1

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