映画『粒子のダンス』初日舞台挨拶&個別取材レポート

写真:(C)地ムービー

2026年3月21日(土)、建築家・隈研吾氏の15年間の軌跡を記録したドキュメンタリー映画『粒子のダンス』がシアター・イメージフォーラム(東京・渋谷)にて公開され、初日舞台挨拶が開催されました。

本作品は、東日本大震災の復興プロジェクトをはじめ、東京大学隈研吾研究室での建築教育の様子など、世界16カ国80以上の建築プロジェクトが登場します。恩師である隈氏の英智を後世へ継承しようと、教え子の岡博大監督が、自らカメラを手に自主制作。東日本大震災「3.11」から15年目の節目となる今年3月、東北での先行試写会を開催し、2026年3月21日より全国順次公開です。

地ムービー(WEB版):作品紹介ページ

コペンハーゲン建築ビエンナーレ、ブダペスト建築映画祭、バンクーバー国際映画祭、ビクトリア映画祭など海外芸術祭・映画祭に正式招待されている作品です。

本作品は15年を費やした自主制作映画で、商業映画ではありえないほどの膨大な時間がかけられています。世界各地でロケーション撮影された映像が、時空を超えて映し出されています。

写真:(C)地ムービー

「初日舞台挨拶」レポート

登壇者:隈研吾(建築家)、岡博大(監督)

本作品の撮影は、「イタリア・カターニャに付いてきたら」と岡監督に話したのが最初です。(隈研吾)

本作品は、世界各地にでロケ撮影されていますが、その旅費は、全て岡監督の自費です。

震災直後の南三陸町には、岡監督の車に隈研吾さんが同乗して訪れています。

本作は、15年間のエネルギーがつぎ込まれた作品です。15年間というのは長い年月で、その間に撮影機材も良くなってきています。

本作品は、建築の打合せにおいても、その傍らで岡監督が撮影をしています。建築家の打合せは、工期が間に合わない、コストが合わないなど、建築家が怒られていることも多いのですが、それでも撮影は15年間続けられました。

本作品の編集作業は、角川大映スタジオ、イマジカのスタジオなどで仕上げられています。

隈研吾さんは、「音楽にこだわってね」「理屈っぽくしないで」など、岡監督に希望を伝えています。

本作品のために、4曲作曲されました。

本作品には、建物の名前など、テロップはありません。100以上の隈建築・プロジェクトを撮影して、82が映画に登場します。

本作品には、映画にできること、空気感、雰囲気、などを伝えることにこだわっています。

15年間の間に、「国立競技場」「歌舞伎座」といった国内で話題になった設計もあり、その間に、隈研吾さんは世界的に有名な建築家になりました。隈建築についての批評は、おおむね8〜9割は好意的ですが、1〜2割は批判的なものもあります。本作品を見て頂き、隈建築をより深いところで理解して欲しいと願っています。(岡監督)

文責:地ムービー

写真:(C)地ムービー

「個別取材」レポート

取材場所:隈研吾建築都市設計事務所
取材先:隈研吾(建築家)、岡博大(監督)

Q:本作を見て、膨大な素材が使用されていると実感し、驚いたのですが、素材の総尺は、何時間ぐらいありますか?
A:作品に使用したのは、素材の3〜5%位だと思います。撮影した素材の容量は、150テラのハードディスクに入っています。今度、調べてみたいと思います。(岡)

(地ムービーの計算:仮に3%だとすると、145分÷3×100=4,833分=80時間以上となります。)

Q:藤本一馬さんの音楽が流れる中、建築を短いカットで見せていくシークエンスが幾つもありますが、その中の素材には写真もありますか?
A:全部が映像です。本作品での写真が出てくるのは、広重の浮世絵のカットだけです。浮世絵をキャメラで撮影しています。(岡)

Q:建築を短いカットで見せていくシークエンスで、国内・海外の隈建築がランダムに映し出されます。建物の外観、内観、風景、ディテール、家族、遊んでいる子ども、日常の生活、木洩れ日、祭り、雨、ネコ、犬など、リズミカルにいい感じに、映像が組み合わせれているのですが、これらのシークエンスにおいて、コンセプトとかテーマはありますか?
A:基本的には時系列なのですが、それだけではなく、音楽のリズムに合わせて、自律型にしました。人がいるシーンも多く、それによって市民との関係性などを見せています。映像自体も断片的で粒子のような俳句のような作品にしようと。(岡)

Q:サンパウロ日本館(設計:堀口捨己)が、隈建築でない作品として、唯一、映画に登場しますが、その訳は?
A:「ジャパン・ハウス サンパウロ」でブラジル・サンパウロに行ったとき、「サンパウロ日本館」を訪れて、その建築の魅力を語っている隈先生を撮影しました。隈先生が、木の手すりを触るシーンなど、いいシーンだと思って、気に入っています。(岡)

Q:劇中で、原研究室からは、幾人もの優秀な建築家が出てくるのという話題の中で、原広司先生が「自分の事だけしか考えない人から、出てこない」と話されていますが、その意味は?
A:原広司先生は、「自分の事だけしか考えない人(原先生)だから、(そういうなかで育った学生たちは、自分で考えるから)、(そうじゃないと、優秀な建築家は)出てこない」と言う意味ではないか。と隈研吾さん、岡監督と話す中で推測されました。

Q:プールのシーンはどこですか?
A:ミヤンマーです。プールのシーンについて、「隈さんの身体感覚は、そのまま隈建築のあり方と直結している。昔の泳ぐ姿は、当時。隈さんが作っていた建築とリンクしていて面白い」と隈太一さんが、言っていました。(岡)

Q:砂漠のシーンはどこですか?
A:中国の敦煌です。

Q:ミヤンマーのプールとか、敦煌の砂漠、敦煌の莫高窟など、世界各地を旅するシーンを映画に入れた理由は?
A:隈先生が、世界のいろんなところに訪れて、いろいろなものを全身で感じとっているということを伝えようと考えました。(岡監督)

Q:長岡駅前で隈研吾さんが市民の皆さんと一緒になって踊るシーンが印象的なのですが、あの踊りは、なんという踊りですか?
A:イベント用に考えられた踊りです。(隈)
A:森本千絵さんが考えた振付です。ちなみに、隈さんが踊るシーンを見て、マルコ・インペラドーリ(ミラノ工科大学教授)は「この時、隈は他の男女の美しい交わりの中の「一つの粒子」となっている。」とコメントしています。(岡)

Q:内田祥哉(うちだよしちか)先生が、隈建築を「テーラーメイト」?といっていますが、その意味は?また、内田祥哉(うちだ よしちか)先生を劇中、内田祥哉(うちだ しょうや)先生と話していますが、それは?
A:「テーラーメイド」。衣服の仕立屋さんでよく使われる用語です。「その土地とお施主さんに合わせてテーラーメイドで家を作っている」と。それから「よしちか」先生ではなくて、みんな、「しょうや」先生と言っていて。(隈)

〇瀬々敬久監督は「商業映画では、これほど膨大な素材は撮影できない。」と言っていました。丹下健三先生は、「(建築に)才能なんかない。粘りだけ」と話していましたが、15年間ついてこれるか、才能は意味が無い、粘りがある。本作品の制作は、15年間続いた。(隈)

〇本作品は、一期一会のドキュメンタリー。1カ所でなく旅をして撮っている。岡監督がずっと撮っている。カメラクルーも無しです。(隈)

〇本作品では、次第に「まちの人々」「隈先生」「建築」を撮るようになりました。(岡)

〇本ドキュメンタリーは、ジャズのセッションしている感じ。初めの頃は、規則正しい感じでしたが、フリージャズへと、15年間で変化しました。(岡)

〇小津安二郎監督と隈建築の相通じる点は「軽み」をもって描くということです。小津映画を思い起こしながら、15年分の膨大な素材を編集しました。小津映画のように、説明を一切排し、押しつけがましくなく、軽みを持って描く。ちなみに、編集には半年以上かかりました。(岡)

取材・文責:地ムービー

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